リアル「タイバニ」!? いたばしプロレス「企業レスラー」の “異業種” 格闘技戦
プロレスに今、ちょっとした変化が起きています。
これまでにもタイガーマスクや獣神サンダーライガーなど、アニメや特撮ヒーローとタイアップしたキャラクターレスラーが活躍してきましたが、近年では企業名や事業名をそのままリングネームにしたレスラーが登場しているのです。
いよいよ己の強さに加え、スポンサーの名誉もかけて(?)リングで戦う時代が到来したのでしょうか?
ただし、この実験的なシステムを展開しているのは、多くの「プ女子」で盛り上がる新日本プロレスなどのメジャー団体、ではありません。
舞台は板橋区地域密着型のプロレス団体「いたばしプロレスリング」(以下いたばしプロレス、いたプロと表記)。
その中には印刷会社がスポンサーの「いたばし印刷マン」という、出版・印刷と関わりを持つダンラクにも気になるレスラーもいるのです。
ところが、「週刊プロレス」「東京スポーツ」など大手プロレスマスコミには、ほとんどスルーされている状態。それならば、直接彼らに聞いてみようではありませんか。
今回は、まるでアニメ「TIGER & BUNNY」のプロレス版を見るような、「いたばしプロレス」の世界を紹介します。
●「いたばしプロレス」とは……
いたばしプロレスリング株式会社は2014年7月、「はやて」により設立された板橋区地域密着型のプロレス団体。
出場レスラーは「いたプロヒーローズ」と呼ばれる、地元商店街などがスポンサーの覆面レスラーたちが中心。
現在は板橋グリーンホールをメインに大会を開催している。
その活動は、プロレスのみならず、板橋区や各商店街のさまざまなイベントや広報活動をはじめ、子ども運動教室、図書館での絵本の読み聞かせなど多方面に及んでいる。
板橋区長もたびたび観戦に訪れるなど、板橋区からも公認されている異色のプロレス団体。モットーは「地元板橋に元気と笑顔を!」
記者が分析!いたばしプロレスの魅力
いたばしプロレス―――
簡単に説明するなら、2021年1月から3月まで放送されたドラマ『俺の家の話』に登場した「さんたまプロレス」が、板橋区の少し外れにあるとイメージしていただければプロレスに関心のない方にもわかりやすいかもしれません。
試合も後楽園ホール(ちなみに文京区)などではなく、板橋区内のみで開催される、文字通りの地域密着型のプロレス団体です。
しかしながら、チケットは毎回ほぼ完売状態が続いており、“いたプロワールド” に魅せられたファンが板橋区内外(ちなみに筆者は世田谷区在住)から集まり、会場は盛り上がりを見せています。
そんな、いたばしプロレスに惹かれる理由を、旗揚げ直後から観戦しているダンラク記者が分析してみました。
1.感情移入しやすい地元レスラーたち
いたばしプロレス最大のセールスポイントは、地元の商店街やそのキャラクターをモチーフにした「商店街レスラー」と、地元の企業などの名前を冠した「企業レスラー」たちがリングに登場することです。
そのため、個々のレスラーの関係者が観戦に訪れるのはもちろん、特に最近は各商店街の対抗戦的な試合が組まれることも増えたので、慣れ親しむ地元商店街の名前を冠したレスラーを応援!ということで地元のみなさんはさらに感情移入がしやすくなるのです。
ハッピーロード大山商店街公認レスラー。
1988年8月生まれ。
試合前にはハッピー地蔵とお福さんにお参りをし、買い物にはハローカードを使う。
ハッピーロード大山商店街の青年部に所属しているが会費が払えないため、商店街の各お店でアルバイト。
女性のタイプはAKBの・・・さん。
趣味は、「フロンティア」で買い物からの「大山園」で喫茶
(いたばしプロレスHPより)
上板橋北口商店街公認レスラー。
年齢13億歳。上板橋では絶大な人気を誇る、かみいたのヒーロー。
得意技は「グレートピカちゃんアタック」「グレートピカちゃんキック」
「グレートピカちゃんスープレックス」。
好きな食べ物は「つる瀬」のピカちゃんどら焼き。
趣味は、読書(「こみや書店」で購入)
(いたばしプロレスHPより)
2.高い技術で魅せる
板橋区で地域密着を掲げながらも、一方では新日本プロレス「BULLET CLUB」のディック東郷、国内メジャー3団体のジュニアタイトルを獲得した田中稔(GLEAT)などのトップクラスの実力者が準レギュラーで参戦しています。
新日本プロレスでは反則三昧のディック東郷も、ここでは本来の“レスリング・マスター”の戦いをキッチリと見せています。
また、試合スタイルも飛び技などの空中戦を中心に、トリッキーな動きやスピーディーな(ただし、がばいじいちゃんを除く)試合展開で飽きさせません。
特筆しておきたいのは、相手を頭からリングに叩き落とす、いわゆるボム系の危険な技がほとんど出ないこと。
危険な技を出さなくても、きっちりとプロレスを見せ、ファンを満足させるのが、いたばしプロレスの矜持なのです。
3.愛すべき悪役たち。いたばしプロレスにバッドエンドなし!
いたばしプロレスには、乱入、凶器攻撃や流血戦などダーティーな試合はありません。
それどころか、試合中に会場の笑いをとるのは悪役レスラーたち。
お約束の小芝居や突然始まる広報活動、中里哲也のマジックショー(?)などを試合中、これでもかと盛り込んできます。
いたばしプロレスの悪役たちは、「ポケットモンスター」のロケット団や「タイムボカンシリーズ」の3悪トリオのような、ファンからも愛される悪役たちなのです。
そんな会場が笑いに包まれる「楽しいプロレス」で、子どもやプロレスに抵抗感がある人も安心して見ることができるのが、いたばしプロレスなのです。結末もバッドエンドで終わることがまずないので、終了後はハッピーな気分で帰ることができます。
4.オープニングの主役は子どもたち。会場は縁日気分
現在はコロナ対策のため中止されていますが、
試合前のリング上では子どもたち参加のプロレス教室が行われ、
その後の入場セレモニーではレスラーを子どもたちがエスコートするという、
ファン参加型のプロレス観戦ができます。
また試合会場には区内の商店街から、
季節限定やキャラクターなどのスイーツを中心にした売店が多く出店し、
「食」の面でも楽しめます。
そのため、休憩前の売店案内と、その後の休憩時間がとて~も長いのが、「いたばしプロレスあるある」なのです。
「僕たちは、プロレスの裾野を広げる活動をしているんです!」
1964年12月生まれ。板橋区前野町在住。1995年5月デビュー。
2002年10月みちのくプロレス参戦中に、東北新幹線をモチーフにした覆面レスラー「はやて」に。
メキシコのルチャリブレのテクニックを駆使するスタイルで、2回転式コルバタ「幻」の数少ない使い手としても知られている。
その結果、いたばしプロレスは数多いプロレス団体の中でも、ずば抜けてアットホームな雰囲気が強く、観戦者の親子連れの比率が極めて高くなっています。
初めてのプロレス観戦にもおすすめの団体です。
また大人の客層も後楽園ホールに訪れるファンとは、かなり異なっています。
会場にはいわゆるマニアと呼ばれるコアなプロレスファンが非常に少ないのです。
これについては、会場で観戦するのは地元在住のサポーター的なファンが多いからと考えられます。
「プロレスというより、いたプロさんを応援するのが好きなんです。いたプロさん、はやてさんが頑張ってるから、応援しよう。みんながそんな感じです。」(いたばし印刷株式会社 柴崎誠社長)
そんな地元サポーターの熱意が、いたばしプロレスを支えているのです。確かに、7年前の旗揚げ当時は会場全体が半信半疑、「?」という感じで見ていた地元の人たちでしたが、商店街レスラーの登場が増え始めた頃から会場の雰囲気も変わり、現在では立派なサポーターになっているのです。まさに団体とファンが一緒に成長してきたと感じます。
そして、いたばしプロレスの役割について、はやて代表はこう話しています。
「結局、今のプロレス業界というのは、多くの団体が決まった数のプロレスファンの奪い合いをしているだけなんですね。
だから、会場のお客さんが増えない、経営が苦しいという負のサイクルになっている。
僕らがやっていることは、子どもたちやプロレスに嫌悪感を持っている人たちの中から新しいファンを開拓して、プロレスの裾野を広げることなんです」(はやて)
5年目に生まれた「企業レスラー」
そして、いたばしプロレスと地元商店街を中心としたサポーターの良好な関係は、意外なレスラーを生み出すことになります。
旗揚げから5年が経過した2019年7月。
「商店街レスラー」から派生する形で、いたばしプロレス版「企業レスラー」の第1号、ハッピーでんきマンが誕生しました。
しかも、「企業や事業名をレスラーの名前にする」というアイディアはいたばしプロレスから出されたものではなく、
プロレスに関してはまったくの専門外である、ハッピーロード大山商店街から提案されたものだったのです。
まちづくり大山みらい株式会社公認レスラー
<身長> 176cm
<体重> 90kg
<生年月日> 不明
<デビュー> 2019年7月14日
<得意技> ダイビングでんきヘッド、エレクトリカル・バイブレーション
「電気ですかー?電気があれば何でもできる!
みんなの電気の力で板橋の未来を明るく照らそう!
さあ、俺の電気を使ってくれ!」
(いたばしプロレスHPより)
はやて代表に、ハッピーでんきマンのことをうかがってみました。
「そうです。始まりはハッピーでんきマンです。
ハッピーロード大山商店街が、「まちづくり大山みらい株式会社」という会社を100%出資で作ったんです。
生活に密着した様々な事業の中で、電気を安くということで「大山ハッピーでんき」という電気事業を始めたんですね。
そこで、「それを売っていきたい。いたばしプロレスで宣伝マンとして、ハッピーでんきマンを継続して登場させたい」というお話をいただきました。
もちろん、大山ハッピーでんきの周知という目的ですけど、その安い電気を使うことで、人々の生活が経済的に楽になる。
そうすると、「地元板橋に元気と笑顔を!」といういたばしプロレスの理念と合致する。「やっていきましょう!」。
こうして、ハッピーでんきマンが登場しました。
今では大山ハッピーでんきのホームページにも、ハッピーでんきマンがドーンと出てますよ。
そうしたら、「うちもやりたいんだけど」と申し出が続いたんです。」(はやて)
実は企業名を冠したレスラー自体は、全日本プロレスに2016年から「カーベル伊藤」が登場しているので、いたばしプロレスが最初ではありません。
ただ、いたばしプロレスが違うところは、ここから様々な職種の企業レスラーが誕生し、自然な流れで異種格闘技戦ならぬ「異業種格闘技戦」がスタートしていることです。
マットを彩る個性豊かな企業レスラーたち
続いては、現在登場している企業レスラーたちを、はやて代表が語るそれぞれの誕生までの経緯とあわせてご紹介します。
イニシア板橋マン
イニシア板橋桜レジデンス公認レスラー
<身長体重> 秘密
<生年月日> 2019年5月16日
<デビュー> 2020年2月24日
<得意技> 桜ブリッジ、桜スープレックス、桜アタック、イニシアチョップ
2019年5月16日、板橋十景の一つでもある石神井川沿いの桜並木が目の前に連なる地に新築分譲マンション【イニシア板橋 桜レジデンス】が着工。イニシア板橋マンはマンション基礎工事中に桜の根元から現れた。
試合のない日は建設現場で働く。
安全第一がモットー。
「トップロープには注意しろ」が口癖
(いたばしプロレスHPより)
「イニシア板橋マンは、代理店の方からお声掛けしてもらいました。
板橋本町で分譲マンションを販売するにあたって、その地域に根付いたマンションにしたい、それをアピールしたいということで誕生したレスラーです。イニシア板橋マンのデザインのモチーフにもなっているんですが、マンションのそばには石神井川が流れていて、そこは桜並木がすごく有名なんです。
そこの桜の植樹、植え替えなどを板橋区の土木課のみなさんと一緒に作業しながら、食事のときに、「今度は、イニシア板橋マンも一緒に参加しよう」とか、「近隣の商店街のイベントにも出して行こう」とか話してます。
その後、入居者の方たちによる、いたばしプロレス観戦ツアーという企画があったんですけど、残念ながらコロナで全部頓挫しています。」
(はやて)
としょカーン
板橋区立東板橋図書館公認レスラー
<身長> 165cm
<体重> 70kg
<生年月日> 1990年11月1日 本の日
<デビュー> 2020年12月27日
<得意技> ブックエンド、ブックスタンド、ページプレス、ブックマーク
日本初の図書館レスラー。
板橋区立東板橋図書館で自分が「としょカーン」であることを隠し、図書館司書として働いている。
物音に敏感。
いたばし花火大会で大きな花火の音に「たまや~」ではなく「お静かに~」と言ってしまった。
趣味は読書。山本周五郎や池波正太郎が好き。
(いたばしプロレスHPより)
「その交流の中で、図書館の夢が「としょカーン」というレスラーをつくること、というお話をいただきました。
そこで図書館や試合会場で子どもたちにデザインを公募して、その中から図書館の職員さんとはやてとまるこ(いたばしプロレス所属の女子プロレスラー)で一次審査、二次審査をして、としょカーンのデザインができあがりました。
いたばしプロレスで絵本(「げんきとえがおとフライングボディアタック」2019年7月刊)を出した際から、僕らがグッときた本や過去に読んだ本の書評をパンフレットにまとめたり、図書館なのに視聴覚室で子どもたちとプロレス教室をしたり、絵本の読み聞かせとか、そういう図書館とのコラボイベントを、ずっと継続してたんです。」
(はやて)
「今度図書館の事業報告という形で、国会図書館にとしょカーンに関するレポートが提出されるそうです。
年末に1試合しか出てないレスラーが、国の公文書に記録が残るというのも、なんかすごいですね(笑)。
まあこんな感じで、こちらから営業したものはないんです。」(はやて)
いたばし印刷マン・・・?
なるほど。
「企業レスラー」が、基本的には “スポンサーからの持ち込み企画” だったことが判明したところで……
日本初の印刷会社レスラーとなる「いたばし印刷マン」のケースはどういうものだったのでしょうか?
「ずっと協賛していただいていた、いたばし印刷株式会社の柴崎社長自ら、「うちも、いたばし印刷マンを出したい」と。
もう、自分たちでマスクとかも全部デザイン案まで考えてて。それをもとに、いろいろ相談をしながら誕生したレスラーです。
とにかく会社名を前面に出したレスラーなので、そのあたりは他のレスラーたちと少し性格が違うかもしれませんね。
それと板橋区は大手から中小まで印刷工場や製本所が数多くある、印刷の町なんです。
板橋の産業というものをアピールする点でも、いたばし印刷マンを出す意味はありますよね。」
(はやて)
社長自ら提案してくるとは、かなりのプロレスファンなんですね。
―――ところがこの質問に対する、はやて代表の答えは意外なものでした。
「それが…。社長はプロレス自体には、ほとんど関心がないんですよ」
そして後日。
いたばし印刷マン誕生のいきさつをうかがうため、柴崎社長&いたばし印刷マンの取材となるのですが、
約束の時間にいたばし印刷株式会社に到着すると思わぬ事態が。
「すいません! いたばし印刷マン、取材さぼってどこか行っちゃいました。たぶん、ゴルフですね(笑)。」(柴崎さん)
次回『日本初の印刷会社レスラー「いたばし印刷マン」のつくり方 ――― 街の印刷屋さんでも頑張ればできた!』に続く!
※編集部注:記事中の写真はすべていたばしプロレスから提供していただきました。
ライター:荒 勝馬(あら・かつま)
昭和の特撮愛が高じて現在は「ウルトラマン商店街」の住人。現在の楽しみは旧円谷プロや東宝撮影所付近を散策し、名作特撮のロケ地を巡ること。もちろん、プロレス愛好家。
写真:伊藤 健史(いとう・たけし)
格闘技ライター&カメラマン。元「プロレス・ファン」編集長。現在は大日本プロレス、プロレスリングZERO1、いたばしプロレスなどの公式カメラマンを務める。著書に「ミスターデンジャー 最後のデスマッチ」「みちのく夢伝説」などがある。愛猫の名はサダハル。