【ギリシア神話】持ち物で絵の中の人物がわかる!一歩進んだアート鑑賞術【ゼウス・ヘラ編】
近年、欧米諸国だけでなく日本でもビジネススキルの一環としてアートを学ぶ方が増えています。
アートに触れることによってビジネスに欠かせない豊かな感性が育まれ、発想力や美的感覚が養われますが、
ただ見るだけに留まらず、アートの知識や見方などを身につければより多くの発見や深い芸術体験を得ることができます。
この「一歩進んだアート鑑賞術」シリーズでは、知っていればアートがさらに楽しく、学び深いものにできる様々な鑑賞術をご紹介したいと思います。
“持ち物”で絵の中の人物が特定できる!
アトリビュート(持物)という言葉をご存知でしょうか。
特に西洋美術を鑑賞する場合、「持っている物」によって絵の中の人物が「誰」なのかを判別することができます。
目の前の絵に描かれている人物をただの「綺麗なお姉さん」だと思って観るのと、ギリシア神話の愛と美の女神「ヴィーナス」だと思って観るのとでは、その絵から得られる情報や芸術体験は大きく変わってきますよね。
けれども、絵画によってはタイトルに登場人物の名前が入っていなかったり、解説がなかったり、もしくは現地の言葉で説明されていたりするなどして、そこに何が描かれているのかがわからないこともあります。
しかし、そんな時でもこの“アトリビュート”を知っていれば、絵の中の人物の正体や、さらにはその主題の意味なども読み解くことが可能になるのです。
今回は、これまで多くの画家が描き、かつ日本の展覧会などでも観る機会の多い「ギリシア神話」を主題にした作品を例に、このアトリビュートについて解説していきたいと思います。
【1】ゼウス→王笏・雷・鷲
ゼウス([ローマ名]ユピテル・[英語名]ジュピター)は、ギリシア神話に登場する神々の王・全知全能の最高神であり、天空の支配者です。
王としての威厳を表わすため、絵画や彫像作品では威風堂々とした壮年もしくは老年の男性像として描かれることが多いゼウスですが、彼は変身能力を持ち、さらにはそれを頻繁に駆使しているために、その描写にはかなりのバリエーションがあります。
そんな彼だからこそ、役に立つのがこの “アトリビュート” です。
それでは、画面に描き込まれた持ち物や動物等によって示されているゼウスの姿を発見していきましょう。
【ゼウスのアトリビュート①:王笏(おうしゃく)】
ゼウスのアトリビュートとして代表的なもののひとつが、神々の王としての権威を表す「王笏」です。
この作品ですと、画面中央の黒髪の男が持っている黄金の棒のようなものが「王笏」です。
つまり、この方がゼウスということになります。
ちなみに、左端でゼウスと同じような王笏を持ってひょっこりと顔を出している女性は、次でご紹介するゼウスの正妻で、神々の女王のヘラです。
ゼウスに縋りついている女性(女神「テティス」)のことをかなり怖い目で見ていますが、この場面はテティスが自分の息子の軍勢に味方してくれるようゼウスに懇願している場面なので、浮気ではありません……まぁ、女の武器を使っているようには見えますがね……。
【ゼウスのアトリビュート②:雷】
天空神であるゼウスは「雷霆(ケラウノス)」を己の武器として使用します。
そのため「雷」、「雷鳴」といったモチーフもゼウスのアトリビュートとしてよく描かれています。
こちらの作品ですと、画面右上にいる雷を握っている男がゼウス。
馬ごと雷に撃たれて戦車から落ちている青年はゼウスの息子である太陽神アポロンの子といわれている(※諸説あり)パエトンです。
太陽神の息子であることを疑われたパエトンは、自分にも父親と同じ能力があることを証明するため、太陽を引く戦車をアポロンから借りたのですが、誤って暴走させてしまい、太陽の熱で地上の至るところを大火事にしてしまいました。
この場面は、そんなパエトンの暴走を止めるため、ゼウスが彼に向かって雷を撃ち落としているところです。
……何とも切ないエピソードですが、ゼウスも神々の王として仕方のない対応だったのかもしれません。
【ゼウスのアトリビュート③:鷲】
ギリシア神話の神々の多くは、そのシンボルとして動物や鳥が配されています。
ゼウスを示す聖鳥は「鷲」。
鷲は古来より王権を象徴する鳥であり、神聖ローマ帝国・ハプスブルク家の双頭の鷲のように、欧州では紋章として使われていることも多いモチーフです。
さて、こちらの作品を見てみましょう。
タイトルには「ゼウス」とありますが……おかしいですね、画面には女性二人と子どもしかいません。
女性のうち、左は女神アルテミスの従者であるカリスト、その顎を意味深に持ち上げているのがアルテミスです。
いずれ彼女についても詳しく取り上げたいと思いますが、女神アルテミスのアトリビュートは「月のかたちの髪飾り」や「弓矢」です。
そして、この絵には彼女を示すそれらのモチーフがしっかりと描かれていることがわかります。
……しかし、画面右端をよく見てみてください。
アルテミスの背後に……いますね、「鷲」が。
つまり、この右の女性の正体は女神アルテミスに変身し、カリストを油断させて言い寄っているゼウスであるということがここから読み解けるのです。
まるで引っ掛け問題のようにも見えますが、アトリビュートさえ知っていれば、たとえタイトルを見なくてもこの女神への違和感と、その正体に簡単に気がつくことができます。
しかもちょっとわかりにくいのですが、この「鷲」は爪で「雷」を掴んでいます。ゼウスのアトリビュート×2なのでほぼ正体は確定です。この場面をヘラが見たら、もう言い逃れはできませんね。
【2】王笏や王冠・孔雀→ヘラ
ヘラ([ローマ名]ユノ・[英語名]ジュノー)はゼウスの正妻で、結婚や出産を司る神々の女王です。
ゼウスの六人のきょうだいのうちの一人でもあります。このあたりは何だか日本の神話のイザナギ・イザナミ夫妻を彷彿とさせますね。
ひとつ前の作品でもご覧いただきましたが、夫のゼウスは大変な浮気性で、隙あらば愛人をハンティングしに行ってしまうので、妻のヘラはいつも頭を悩ませています。
彼女自身が結婚や貞節の神なのに、夫にはその職能が発揮されないなんて……何とも不憫な女神様です。
【ヘラのアトリビュート①:王笏・王冠】
そんな苦労の絶えないヘラのアトリビュートとしてまず挙げられるのは、女王としての権威を示す「王笏」や「王冠」です。
ゼウスの項目で最初にご紹介したアングルの作品でも、ヘラは「王笏」と「王冠」を身につけています。
さて、この作品、ネーデルラント(現在のオランダと、ベルギーの一部を含めた地域)の大巨匠・レンブラントが描いたヘラを見てみましょう。
アングルの作品の嫉妬心も露わなヘラとは違い、こちらはまさに最高神の正妻、神々の女王らしい威厳と気品に満ちています。
【ヘラのアトリビュート②:孔雀】
へラを象徴する聖鳥は「孔雀」で、こちらも彼女を示すアトリビュートとして描かれることが多いモチーフです。
こちらの作品では、そんな「孔雀」の周りに女性が何人も描かれているのでややわかりにくいですが、彼女のもうひとつのアトリビュートである「王冠」を被っている女性が一人いますね。
その赤い服の女性がヘラです。
この絵では、孔雀がヘラの聖鳥になったエピソードを描いています。
ある時、ゼウスの浮気を知ったヘラは、怒って浮気相手の女性(イオ)を牝牛に変えてしまいました。
その牛をアルゴスという百の目を持つ怪人に見張らせていたのですが、愛人を取り戻すためにゼウスが遣わしたヘルメスによって、この怪人は無残に殺されてしまいます。
ヘラはその死を嘆き悲しみ、飼っていた鳥の尾羽根にアルゴスの目を付けました。この鳥こそが「孔雀」です。
つまり、ギリシア神話においては、孔雀の羽根模様は怪人の「目」ということになるんですね……ちょっと怖いかも……。
【Column】夫婦円満=世界平和!? ~ギリシア神話のお騒がせ夫婦~
ギリシア神話では「ゼウスが浮気→ヘラが怒り狂って相手やその子ども、協力者などに制裁をする」という流れから数多くのエピソードが発生しています。
これだけを聞くと、ヘラがいかにも嫉妬深く苛烈な神のように思えますが、けれどもゼウスの浮気の数というのがとにかく凄まじいのです。
カリスト、イオ、セメレ、レダ、エウロペ、果てはトロイアの王子ガニュメデス等々、神も人間も男女も問わないその数は、もはや両手では足りないほど。
しかも、ゼウスはヘラの厳しい監視の目をかいくぐるため、別の神の姿や、人間、鷲、牛、白鳥、さらには黄金の雨といった無機物にまで変身して浮気相手の元へ忍んでいこうとするのです。
神々の王としてその行動はどうなんだゼウス……全知全能の無駄遣いにもほどがあるぞゼウス……。
しかも、ヘラは当初、昔から浮気性だったゼウスの求婚を頑なに拒んだといわれています。それでも、ゼウスが押して押して押しまくってようやく結婚にまでこぎつけた……この夫婦にはそんな経緯があるのです。
そこまでしておきながら、結局また浮気を繰り返すゼウスにヘラが怒るのも無理はないでしょう。
とはいえ、ある意味「人間味溢れる」ギリシア神話らしいこのゼウスの浮気&変身物語は、後世の画家たちの創作意欲を大いに刺激し、これまでにたくさんの名作が描かれてきました。
今後また機会がありましたら、エピソードと共にご紹介したいと思います。
いかがでしたでしょうか。
絵画鑑賞術のひとつ “アトリビュート” は、代表的なものを押さえておくだけでも絵画を読み解く面白さを実感することができるので、ぜひこれからのご鑑賞に役立ててみてくださいね。
次回はギリシア神話の美しくてアクの強い……もとい、個性的な女神たちのアトリビュートをご紹介させていただきたいと思います。
それでは、またお会いできれば嬉しいです。
Kao
校閲士・美術史修士。大学在学時に旅行したイタリアでアートに魅せられ、独学で美術史を勉強し大学院に入学、修士号を取得。
趣味はアート、歴史、ファッション、旅行、ご当地テディベア集め。