【旅】横浜山手西洋館めぐり#05 ベーリックホール〈神奈川県横浜市〉
都会での忙しい毎日に疲れたら、ふらっと旅に出てリフレッシュしてみませんか?
シリーズ『町旅』は、そんなあなたを癒してくれたり、
改めて日本の魅力を再発見できる「ニッポンの旅」をご提案します。
外国人居留地の面影が残る神奈川県の横浜にある、趣深い「横浜山手西洋館」を巡るこのシリーズ。
現在コロナ禍ということもあり、館内での撮影は禁止なのですが、
この現地取材は2016年に行われたものなので、その内部もバッチリ撮影。
見どころも写真でたっぷりお伝えしています。お楽しみに♪
第5弾の今回は……
『ベーリックホール』。
住所としては、「横浜市中区山手町72」に位置します。
エリスマン邸と通りを挟んだところに建つ、山手の丘の中でもひときわ目を引く瀟洒な豪邸「ベーリックホール」。
こちらは1930(昭和5)年、アメリカ人建築家J.H.モーガンにより設計され建てられた、イギリス人貿易商B.R.ベリック氏の邸宅です。
山手の西洋館の中でも延床面積約200坪(敷地は600坪)は最大規模で、建設当初はベリック夫妻と当時すでにベリック商会に勤務していた子息の三人で住んでいました。
建物はスパニッシュスタイルを基調とする木造二階建て・地下一階からなります。
外観からは一見、石造りの家のように見えますが、実は木造(注:地下のみ鉄筋コンクリート造)。
外壁は明るいベージュ色のスタッコ仕上げ、四つ葉と方形が組み合わされたクワットレ・フォイルのガラス小窓、瓦屋根をもつ背の高い煙突など、多彩な装飾がベリック邸の特徴として見られます。
玄関ポーチのアーチにはレンガ色のスクラッチ・タイルの縁取りが施されており、アーチの開放的な印象がより強められています。
美しいアイアンワークは、玄関扉、階段手すりや入り口、窓枠など邸の随所に見られます。
同じスパニッシュスタイルで共通のモーガンによる設計のラフィン邸(山手111番館)と比べてみましょう。
ラフィン邸のスパニッシュな要素はファサード部分(建築物の正面デザイン)のみに集中し、他の部分にはあまり見受けられないのに対して……
ベーリックホールでは、外装と内装を合わせた建物全体にまんべんなくスパニッシュな意匠と装飾が見られます。
化粧梁の組天井になっている高い天井に暖炉を備えたこの広い居間は、建物の中でもひときわ目を引く空間です。
居間とつながるポーチ(パーム・ルーム)には、3連アーチの開口部が設けられ、開放感いっぱいです。
またこの居間へは玄関ホールから3段のステップを降りてアプローチする設計になっているため、劇場的な効果も感じられます。
ベリック氏がフィンランド領事の仕事をしていた時や、この建物がセント・ジョセフの寄宿舎として使用されていた頃には、この居間でダンスパーティも開かれたそうです。
居間に付属の「パーム・ルーム」は北側に位置するため、サンルームほど陽は入りませんが、用途は同じもの。
建設当初は眼下に広がる港を眺めるのに絶好のロケーションだったようです。
また名前が「パーム・ルーム(=Palm(やしの木)Room)」であることから考えて、おそらく当時はこの部屋に観葉植物などをいくつも置いて、南国コロニアル風の居心地の良い伸びやかな空間に仕立て、休憩室などに利用していたのでは?などと想像されています。
この部屋の床にも建物の入り口と揃いの白黒の市松模様のタイルが敷かれており、モダンでリズミカルな印象を視覚的に生み出していますね。
このパーム・ルームには写真のような獅子の噴水口を持つ壁泉がついています。
壁泉の壁部分は、当時の石積み風のテクスチャーを再現するために化粧目地や雲母の片を混ぜて復元しています。このサンルームに当たる場所に壁泉があることなどから、ベリック邸は専門家から見ても、かなり本格的なスパニッシュ建築に分類されています。
下から見上げると化粧梁の組天井の雰囲気がよくわかりますね。
向かって右側に据えられた暖炉と背中合わせに建物の外にも、獅子の噴水口を持つ壁泉が設けられています。
入ってすぐの玄関ホールにも居間のパーム・ルームの床と揃いの白と黒の市松模様のタイルが敷き詰められています。
不思議の国のアリスに出てくる床を連想する人も多いようです。
階段の手すりの先端部分にはオウム貝のような渦巻型の意匠がほどこされています。
手すりへと伸びて続くアイアンワークも渦を巻いて弧を描くもので、揃いの意匠になっています。
玄関ホールを介して、居間と反対側に位置する客間。
現在はこの邸の受付が置かれています。
他にも館のミニチュアや案内リーフレットなどが飾られています。
客間からつながる食堂。
食堂からは、配膳室や台所などのパントリーへとつながっています。
この客間の雰囲気は、同じモーガンによる設計のラフィン邸(山手111番館)のホールや食堂の雰囲気ともよく似ています。
ためしに両者を比べて見るのも面白いかもしれませんね。
寄木細工のような食堂の床に、窓から差し込む光が織りなす模様。
アンティークデザインのフロアスタンドにレースのカーテン、アールデコ柄のカーペットなどで醸し出される落ち着いた品の良い佇まいにしばし時を忘れてぼおっとしてしまいました。
この邸の水まわり。
蛇口やレバーの形状にもアンティーク・テイストが感じられ、どこかエレガントですね。
ボイラー室と倉庫の並ぶ地下へと続く階段。
突き当たりは洗面所です。
こちらは地下室へと続くので、表の公的な空間を意識した華やかなつくりとは対照的に、家のバックヤードを感じさせる地味な造りになっているのが、印象的でした。
続いては2階に上がってみましょう。
パブリックな使用を兼ねる1階の居室に比べ、2階はほとんどが寝室などの家族のプライベート空間で占められています。
その中で、とりわけ女性に高い人気を誇るのが、この子ども部屋です。
実際、部屋に入った瞬間に「カワイイ!」と声を上げる女性たちをこれまでに何度も目にしました。
この部屋に入ると、まず最初に目につくのが印象的な「クワットレフォイル(四つ葉型)と呼ばれる小窓」とブルーに塗られた部屋の壁です。
クワットレフォイルと言うのは、「Quatre=4」、「Foil=葉」 のことで、元を辿ると(?)どうやらイスラーム建築に行き着くようです。
欧米でも、ゴシック建築と呼ばれる教会や大聖堂などの窓の装飾に頻繁に登場する意匠です。
このクワットレフォイルのお洒落な窓がこの館には、南側に4つ、北側に2つの合計6つもあるそうです。
青い壁の方は、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」などと同じフレスコ画の技法が用いられています。
壁に石灰モルタルを塗った後、乾いていない状態で水でといた顔料を塗ると、石灰と顔料が化学反応をおこして結晶ができ、顔料が閉じ込められて明るく発色する、その習性を利用したものです。この青い壁と小窓の青の窓枠が太陽光を背に浮かび上がる様子は「おしゃれ」と「カワイイ」に目がない現代女性たちのハートをいたくくすぐるようです。
また、この部屋の家具は当時のものが残っていないため、すべてが横浜家具で復元されたものなんだそう。
部屋全体を覆うブルーに対して、黄色の優しいクリームカラーで統一された「デスク」「ベッド」「本棚」「引き出し箪笥」「おもちゃ箱」らが置かれています。
部屋全体の壁を覆うアズール(緑みがかった青)の深みのある大人色のイメージを薄めて、知育にも良さそうなすっきりとして可愛いらしい子供部屋に落ち着いています。
さらに、この部屋は復元時に小さな男の子の部屋として設定されたため、少年の部屋にふさわしい、クマのぬいぐるみや乗り物のおもちゃなども置かれています。
結果として窓や壁などのおしゃれな内装との相乗効果で可愛さがギュッと凝縮されたような雰囲気の部屋に仕上がっています。
2階の各部屋には専用のバス・トイレがそれぞれにつき設置されています。
こちらは子供部屋に付属のバスルームです。
ベリック氏の子息は、ここが建築された当時すでにベリック商会に勤務する青年であったことが確認されていますので、おそらくこのバスルームは(居室と違って)当時使用していたものに近い雰囲気ではないかと想像します。
子供部屋の隣は、もとは客用寝室でしたが、現在は応接室として展示されています。
これまで何度か塗り替えられてきた各室内の内壁も、現在は、創建当初の色に復元されているそうです。
全体として、和風住宅では見られないような大胆な色使いが特徴的です。
部屋ごとに異なる基調カラーは、見る部屋ごとにガラリと違う印象を与えます。
深い緑の壁紙を使ったこの部屋は、ダークマホガニー(のように見える板材)の赤味がかったキャビネットや、モカブラウンの応接セットを美しく引き立てます。
応接室にもクワットレフォイルの小窓があります。
この個性的な装飾の窓では、一見、他の家具との相性や組み合わせが難しそうに思えますが、実際には左隅に置かれているようなクラシカルスタンダードタイプのキャビネットや、修飾的な縁飾りのある華やかで個性的な鏡などともよく調和して、違和感なく溶け込んでいる印象です。
客室(応接室)専用の浴室にもクワットレフォイルの小窓が使われていました。
ブルーの窓枠と呼応するかのように青いタイルで壁面を化粧張りされた、地中海をイメージさせる美しい浴室です。
白に黒のスクエアドットをあしらった床面のパターンタイルは3つの浴室ともに共通で、おしゃれ度も高く、魅力的にまとまっていました。
現在、執務室として展示されているのは、元・主人用の寝室。
執務室にふさわしい重厚なデスク。佇まいにも味があるアームチェア。
そして、年代物の古いタイプライターは存在感があって絵になります。
この主人の部屋からバス・トイレを挟んで隣には、妻の寝室があります。
この部屋を夫人部屋と同じ「寝室」ではなく「執務室」のしつらえにしたのは、子ども部屋を小さい男の子用に設定したのと同様に、来館者をできるだけ楽しませるための工夫(配慮)なのかもしれませんね。
こちらが中間に位置する、主人と夫人の共用のバスルームです。
こうやって順番に見ていくと、2階の3つのバスルームのうち、客室だけに「四つ葉の小窓」があしらわれていることに気付きました。やはりお客さまは特別という気持ちの表れでしょうか。
また、こちらのバスルームのバスタブの色は濃い目のペパーミントグリーンで、クリーム色のタイルとの配色も美しく、この配色の美しさはここに限らず建物全体に強く感じたことでした。
ここが執務室(旧・主人用寝室)と部屋続きになっている、夫人用の寝室です。
こちらは創建当初から夫人用の寝室として使われていました。
部屋の基調カラーは、ピンクで、この部屋に一歩入ると、女性なら誰もが安らぎと居心地の良さを覚える、そんな雰囲気の部屋です。
夫人の部屋には、隣室にはないポーチが付属しています。
これは、遠い異国で生活する夫人の気持ちを少しでもなぐさめようとする配慮では?という見方がされています。
庭木の緑、温かな陽光、港の景色などの心を和ませる風景がここからは望めました。
今でもこの場所に立つと、船の汽笛が聞こえます。
次回は「外交官の家」を訪れます。どうぞお楽しみに。
(編集部注※この現地取材は2016年に行われました)
※編集部注:記事内で紹介したスポットは現在、ウィルスの影響で営業時間の変更や休業されている場合がございます。
お出かけ前に必ず、施設の公式サイトなどでご確認ください。